11月21日

二日目の集合時間は八時前の予定。七時には朝食に三人で集まり、バイキングで食事をする。
部屋番号とサインで後払いになってる。この食事が何日か続いた。
王先生の迎えが来た。我々は車に乗り込み市内中央部に向かう。
天安門広場を一周して北京飯店の向かい側のクラブハウスに到着した。
ここは北京の財界人などが会議に使うと説明された。
イヤ〜〜驚くばかりの必要以上の豪華なつくりで正直驚いた。
ホステス風の女性の制服はチャイナドレスだ。
すでに何名かの『中国国際戦略研究基金会』という軍のシンクタンクの方々が来ていた。
紹介されるままに名刺交換が始まる。
ちなみに俺は名刺なんか持ったことがないので、名刺代わりに単行本を数冊渡した。
その中で指導者クラスの方は最近までロンドンに駐在していたそうだ。
冷戦時代なら最前線ってことなんだろう。
この会談では政治的な話や軍事的な話、六カ国協議に拉致問題などがテーマとなったが、
具体的な内容は差し障りがあるのでやめておく。
ランチはこのクラブハウス(中国風)でシンクタンクの方々と楽しい食事となった。
この代金はは古是氏が支払った。

午後からは向かい側の北京飯店で出版社の人と会ったが、ここでガイド役の高さんが待っていた。
王先生のエージェントで日本女性の留学生と婚約中とか。
この話は数日後に仲良くなってから聞いたことで、
彼は三十歳で日本の大学に留学しておりフィーリングが同年代の日本人と同じで違和感がなかった。
王先生も同じだった。
北京飯店内部は昔と大違いで内装は変わっていた。私たちが座ったカフェは昔はなかった。
目の前の長安街通り側のの壁はカヘに向かって高さ5メートルくらいの滝になっていた。
最初に会ったのは軍事雑誌『軍事家』の編集長で、私のことは八年前から台湾版の単行本で知っていてファンであり、
是非ビットマンを出版したいとの話した。こちらも願ってないことなので、2004年中には出版されるだろう。
これを書いている現在、王先生は日本に来て古是氏と話の詰めを行ってる。
海外で出版した場合、間に入った日本の出版社にロイヤリティの五割は取られる協定があるのだ。
これは最近になって世界文化社から聞いたことだが、あまりに不条理だと思う。
今回は直の取引なので100%個人の儲けとなる。
今後は海外での出版契約は小額を覗いて日本の出版社には介在させないように契約書を作ろうと思う。
ソフトバンクは了承してくれたし、消費税だって生産者の私のものなんだ。
話は脱線したが二番目の出版社はお互いに興味はなかった。

さて晩餐会である。今度はシンクタンクからの接待となり、
いかにも中国の古い作りの上海風レストランにご招待となり、拷問に等しい満漢全席が始まった。
少なくとも料理は途切れることはなく、名称の判らない大盛りの料理が次々と並ぶ。
昔食べた北京の上海料理より味も素材もかなり上等で、酒も最初は軽いのからしだいに重い酒になってくる。
始まりました。『カンペー』攻撃が・・・
酒は透明だが強力で度数が50度近く着火の危険があるので、禁煙での乾杯合戦です。
あまり飲めない若社長も付き合って飲んでいたが辛そうだ。
コップ一杯を何度にも分けて飲んだ。コリャヤバイぞと思ったくらい強かった。
次は軍経営の“足裏マッサージ”に連れて行かれた。さっきの上海レストランも同系列で、
中国では解放政策で軍も自力更生で商売にも手を伸ばして成功しているようだ。

この足裏マッサージだが“ホント”に唯のマッサージだがサービスは徹底しており、
お湯の入った桶で足を暖めてから連続一時間も若い女の子が足裏をマッサージしてくれた。
このようなマッサージは日本には存在はしていないと思う。
翌朝の若社長がお陰で二日酔いしませんでしたの言葉が印象的だった。