11月22日
必要な私の業務の半分は終わった。今日は射撃とタンク博物館だ。
朝のホテルフロアでは若社長に会いに、
数年前に中国の地方政府から派遣された自動車整備の研修生だった人が、
14時間ほど夜行を乗り継いで着ていた。
王先生の案内で軍管理区の施設の中にに行ったが、
町の射的屋みたいな建物で“コレハ!”という銃はなく、
中古の競技用銃みたいなのが多かった。
ハンドガンで面白かったのはモイシ・ナガン拳銃の競技タイプで
銃身がサイレンサーのように太いかったがバランサーらしい。
銃も古くてハンマーが磨耗してロックしない。ガチャガチャでコリャダメじゃん!
次に行ったのは有名な『北方射撃場』で、ここは観光でも有名なとこで
十年前にAKが固定されて自由が利かないと聞いていたが、AKなどの軍用銃は禁止されていた。
射場を覗くとSKS(軍用半自動ライフル)を撃っている。
あれは民生用だからOKだという。古是氏が誘うので二十か三十発ほど射撃をした。
若社長は初めての経験なので嬉しそうだった。
彼は仕事が忙しく昔のようにサナゲが出来なくなったが、それなりゲームでは腕がいいんだ。
次はタンク博物館でかなりの時間を北京郊外の町を走りぬけた。
昔なかった高速道路や、何処を見ても同じ風景が変化していた。
植林事業も行われており近代的な住宅も多く作られている。
車は軍管理地帯を走っている。昼過ぎてからタンク博物館にやっと着いた。
二台のT34/85が正門を挟むように鎮座している。
入場はランチタイムを過ぎてからと断られたので、我々もランチに車を走らせた。
お昼は高君の知り合いで近郊の日本風レストランだ。
ウェートレスは日本的雰囲気を出すために浴衣を着ていた。
コックは日本で働いていた方で料理はなかなか美味しい。
ここは本当に日本的な味でそれなりに美味しかったが、漬物は塩辛かった。
白菜は堅いが旨いの一言で、次の取材で来たときにここで食べた。
カレーライスや牛丼にしょうが焼き定食もある。
さて再びタンク博物館だ。正門の中には中国国産の96式主戦タンクが置いてある。
写真を得とごろうじろ。
基本設計のベースはT-54だが限りなく第三世代の戦車に近づいている。
複合装甲の車体正面に角ばった砲塔、125mm主砲で自動装填で乗員は三名。シュノーケル装備だ。
正面本館は中国の戦争と戦車開発。別館は世界の戦車開発史で日本にもないぞ。
中庭には本物がコの字型に並んでいる。
証明の悪い倉庫のような建物にはソ連製の戦車が・・・・写真を見てください。説明不用也。
本物のスターリン戦車に登れて感動した!
この日は時間ギリギリで北京市内の革命軍事博物館に向かった。
帰る途中でもあり、閉館一時間前に入りお目当ての突撃銃にいった。
試作型がこの博物館にはおいてあるのだ。それから中庭の戦車や野砲も確認した。
主要な取材は明日だ。
夜は王先生のお気に入りの羊肉のシャブシャブで夕食を取ることになった。
羊肉は臭みもなくシャブシャブは思ったより旨かったし充分に満足した。
これは来年予定のツアーに入れたほうがいいと思うし、北京でもこの店は人気が高くお客が多数並んでいる。
古是氏が王先生にナニカを話し、食事が終わって駐車場に出たら例のロンドン駐在武官だったオッサンがいた。
偶然ではなく先ほどの王先生と古是氏の会話と関係があり、ここでは詳細は書けないことだった。
中国側も結構気を使ってるようだ。
このあと若社長は元研修生だった彼とホテルに直行し、積もる話をするようで先に帰った。
後で聞いたが地方政府は彼を車の整備ではなく、大学で日本文化専門の講師に任命されて不満だそうだ。
いかにも中国的か。
私たちは「先生(私のこと)疲れてるからさ」と気遣って身体マッサージしようよと誘ってくれた。
車は妖しそうなマンションに止まり、エレベーターで上階へと昇り廊下をあるって看板のないドアを開けた。
結局ただのマッサ−ジでお楽しみではなかったが、気持ちが良くて寝てしまった。
最後に白衣の先生が“あなた、凄く体凝ってるよ”と言われた。ホントに疲れてる。
翌日は古是氏と若社長両氏は商用で大連に飛ぶことになり、私は北京に残り残務を預かった。