グラナダ-マドリッド-パリ-成田

23日

23日には多くのスタッフがバロセロナに通訳を含めて帰った。誰かスタッフがグレナダ空港に送ってくれるような話で、何の心配もなく小泉君と午後は過ごして、二人でホテルのレストランで食事をした。
ビール(セルベッサ)で始まって、あとはメニューを見て手真似で注文した。
小泉君がスパゲッティ食べましょうと聞きかじったスペイン語で注文をする。スパゲッティはそれしかなかった。食べれたがパックになったインスタント・スパゲッティのような感じだ。

24日
朝グレナト出版の賑やかなスタッフの若者がいた。俺が空港まで送る役目だと言う。彼なら去年から知ってるイイヤツだ。12時集合なので小泉君と街の中央目指して歩く。

上の写真が目に留まった。模様替えしてる小さな店のガラス窓の目隠しに、21日付けの新聞が貼り付けられていた。実際は真横に成っていたんだ。帰りに寄って貰おうかと二人で話しながら歩き、帰りに寄ったらシャッターが閉まっていてダメだった(笑


グレナダは手榴弾の語源となったザクロ(石榴)で、街中にザクロの形状がシンボルライズされて、上の写真のように手すりにまでザクロがあしらってある。大小のマンホールの蓋や、道に橋の柱などにもザクロが紋章としてあった。街のシンボルなんだな。


“吉祥寺の怪人”こと小泉君。

12時に集合してグラナダのイベントのスタッフがグラナダ国際空港まで送ってくれた。
チェックイン後に賑やかな若者を含めて三人でビールを呑み、二人でゲートに入るまで確認して若者が最後まで送り、任務終了の連絡をバルサーにしてるのを見た。
グラナダはロンドンまで直行便が出ているので国際空港なのだ。あの若者は三時の飛行機でバルサーに帰り、いつも期すしていたスタッフの彼女はスペイン北部の実家に先に帰ったそうだ。
グラナダから一時間でマドリッドに着いた。パリ行き乗換えまで五時間以上ある。地下鉄を三本乗り継いでプラド美術館まで辿りついた。空港で美術館はやってるか小泉君に聞いたら、休館日だった。
すぐそばの近代絵画美術館でピカソの・・・エーと、ドイツ空軍が都市破壊を試みて、ピカソが怒りを表した絵を見ますというので、そこまで行った。(管理人注:「ゲルニカ」ですね)
俺は近代絵画は興味がないので、あとスゲ〜〜疲れていたので広場で待ってるよと伝えて、大理石の上で三十分くらい寝ていた。ホントに疲れている。

六時過ぎに小泉君が現れて、近くのカフェでコーラ(3ユーロ高い!)を注文して、その後タクシーを飛ばして空港に戻った。タクシーは早い早い(笑

八時過ぎパリへ飛ぶ。二時間でオルリー空港。一時間待ちで成田行きエールフランスに乗り換えた。12時間後に成田到着。毎度のことでレストランでラーメンと生ビールを飲んだ。今回は疲れたよ〜〜二日三日は疲れが抜けなかった。
来年はバロセロナだな。
さて学研の下書きを急がないと・・・・・・